NY,ウエストビレッジ在住。
アーティスト系 の夫と非日常的生活進行中。
今年のテーマはLOVE
音が「これ読んでみて。どのくらい泣けるかな~」と、単行本を持ってきた。 重松 清 『卒業』の中の「まゆみのマーチ」 短編集で100ページだからすぐ読める。 これだけすらすら読めて、日常会話が書いてあるだけなのに泣ける本だ。 予想を裏切らず泣ける。 内容は父親を亡くし、母親も病気で亡くなる前の兄妹の会話。 本を読み始めた瞬間に、集中できるのは、同じ世代の作家で文章が自分の世界だからだ。 昨年の12月30日。 帰省ラッシュのため出雲行きの飛行機が取れず、キャンセル待ちをしているロービーは 妹から電話が入った。 その中でぼんやり考えた。 人が亡くなると、悲しいけど、忙しい。 翌日、火葬場で荼毘に臥される直前、 義弟はしっかりと立ったまま、拳を握りだまって泣いた。 その二人の姿に、御両親を亡くした深い悲しみが伝わって来た。 人が死ぬって事は、大切な人と思い出の中でしか、話ができない事なんだ。 みんなにもいるよね。
先が読みたいのに、泣いて先が読めない。
1ページ読んで気持ちを落ち着けて、涙を収め読み始めるけど、また泣ける。
妹の義理のお母さんが亡くなった。
義理のお父さんが夏に亡くなったばかりなのに・・・。
お土産を持った人たちでごった返していた。
みんな楽しそうだ。
「お姉ちゃん、飛行機乗れる?」
「まだ、判らないけど、ロビーにいるから最終便まで粘るわ」
「お母さん帰ってきた。お通夜は自宅でするから」
「そう、大変だけど、それはお母さん喜ぶよ。家がいいよね」
「1年間で御両親を亡くす悲しみって、どんなだろう?」
家はバタバタと人が出入りし、義弟も妹もお姉さんもお兄さんも忙しそうだ。
お姉さんが「お母さん・・・お母さん・・・」と泣き崩れた。
それって悲しい。
私はいまでも、故人と話をしたい人がいる。
もっと、もっと話したかった人がいる。
投稿者 kanrinin : 2007年01月06日 10:08